創業者インタビュー
おだわら・はこねではじめたひとたち
トラン・スン・トゥイInterview15MAI CAFE
仕事を続けながらカフェ創業。積み重ねた準備と異業種での経験がすべて今に繋がっている。
2023年春に小田原市本町にオープンしたベトナムカフェ「MAI CAFE」。開業前に出店していたイベントでは販売するバインミーが毎回売り切れる人気で、すでに多くのファンを獲得していました。お店をスタートさせてから1ヶ月、口コミを中心に見込みよりも多くのお客様が足を運んでくれています。
店主のトラン・スン・トゥイさんは、現在も以前からの勤務先での仕事を続けながら店舗の経営をしています。飲食店での勤務経験がないなかでの新しい挑戦でしたが、1年以上に渡る綿密な準備が功を奏しオープン後は忙しい日々でもふたりの従業員と共に落ち着いて営業が出来ています。準備期間のさまざまなチャレンジも、異業種での経歴も、すべてが今に繋がっている開業ストーリーです。
コロナ禍で“自分が食べて美味しい料理を作りたい!”から始まった開業への道
ーまずはトゥイさんのお仕事について教えてください。
ベトナム料理をメインとしたカフェ「MAI CAFE」を経営しています。お店の営業は主に店長にお任せして、私はメニュー開発や従業員が働きやすいようオペレーションの組み立て、どうすればお客様によりよいサービスを提供できるかの検討などを中心に行っています。
ーカフェの経営をしながら、ご開業前から勤務されていた日本語学校でも働いていらっしゃるとお聞きしました。
そうです、とても良い上司と職場環境に恵まれていますので、学校での仕事とお店を両立できました。朝7時半にお店に行って8時から営業、9時半に店長とバトンタッチして午前中は学校で勤務して、ランチからまたお店に立つようなスケジュールです。
ーそれはお忙しいですね!その日本語学校でのお仕事も含め、これまではまったくの異業種で働いてこられていますよね。飲食店を出したいと思うようになったのは何かきっかけがあったのでしょうか。
料理はもともと嫌いではなかったんですけど、自分の子どもがおいしいと言ってくれればそれでいいというくらいで、どちらかと言うと美味しいものを作るより美味しいものを食べる方が好きでした。コロナ前は日本語学校の留学生募集の仕事でタイやフィリピン、ネパールなどいろんな国に行く機会があり、ベトナム国内だけでも北部〜南部にかけて約22カ所の都市のたくさんのお店に行きました。どこに行ってもグルメ巡りが大好きだったんです。それがコロナ禍に入って家にいる時間が多くなって、まず自分が食べて美味しい料理を作りたいと思うようになったんですね。自分の知っている本当のフォーの味とか、あのお店のバインミーの味を再現したいな、なんて考えながら工夫して料理をするようになって。それをあるとき勤務先の生徒さんたちに振る舞ったらすごく好評で「これは売れるよ」なんて言ってくれる人もいて、売れるんだったらじゃあ…(笑)って。最初は軽い気持ちでシェアキッチンを借りて1日カフェの営業を始めました。
そのシェアキッチンのネットワークで菜園の仲間に入れてもらって野菜を作り始めたら、それがすごく楽しかったんですよね。人に料理を出す立場として、旬のものをどうやってベトナム料理に取り入れようとか、料理にはこんな野菜を使いたいってことを真剣に考えるようになって、次第に自分のお店を出したいという気持ちが大きくなりました。
起業スクール、イベント出店、人との出会い…1年に渡る準備で培ったものは大きかった

ーお店を出したいと思うようになってからはまずどんなことをされましたか。
一度市内の不動産屋さんへ物件探しの相談に行きました。そこでいただいたアドバイスで、準備の大切さに気がついたんです。
実はその時点では、シェアキッチンをやりたい、とか小田原に住む外国人の方と日本人の方が交流できる場をつくりたい、とかいろいろ考えていて何をしたいのかが自分の中でちゃんと固まっていなかったんですね。不動産屋さんから、まずはそれをはっきりと固めましょう、さらに開業するには資金はこれくらい必要です、とお話いただいて。その時に、何をするのか決まっていないのに無闇に動き出すのは良くない、お金もまだそんなに貯まってないし…と今の状態では準備不足だと自覚したんです。
同時期に、経営についてやお店全体のことを見られるようになるにはどこで勉強したらいいのかな、と思っていたので商工会議所で勧めてもらった起業スクールに通い始めました。そこでの学びもすごく大きかったです。
ー早い段階でご自身の状況を冷静に見ることが出来たんですね。起業スクールも影響が大きかったということで、どんな学びがありましたか。
スクールでは主にお金のこと、会計の仕組みや収支計画の立て方などをプロの先生に教わりました。あとは作業の目線というか、お店を回すということやオペレーションについても先生に教えていただいたり卒業生の先輩のお話を聞いたり。学んでいくうちに、味が美味しいのはもう当然で、じゃあそれをいくらで売るのか、どう売るのか、仕入れをどうするのか…等それまでは感覚的にやっていたことを計画的に考えられるように変わっていきました。スクールでいろいろ学べたことで、これだったら大丈夫だなって自信を持ってお店をオープンすることを決められたんです。そこから実際に店舗の物件が決まるまでの1年間はずっと準備をしていました。
ー長い準備期間があったんですね。
そうですね。その期間は平井書店さんが会場の「小田原まちなか朝市」へ出店していて、ここで多くの方に味を知ってもらえたことが今に繋がっていると思います。それまで定期的に営業していた1日カフェは市外にあって、ある程度できあがったコミュニティのなかで営業していたので、地元小田原でいろいろな方が来る朝市での反応のほうがよりリアルで。ここで毎回3,40本が売り切れてリピーターになってくださる方もいたことで自信が持てるようになりました。今の店舗も、会場の平井書店さんから見える場所にあるというのが決め手になりました。1日カフェや朝市、起業スクールなど、準備期間に出会った方たちには今でもすごく助けていただいて、人とのつながりは大事にしていきたいと思っています。
仲間と美味しい料理を提供するため、レシピと手順をすべて数字化しマニュアルに
ー個人でお店を開業される場合はおひとりやご家族で始める方が多いですが、トゥイさんは従業員の方を雇用されたんですね。
最初はひとりで営業しようと思っていたんですが、準備を進めているタイミングで日本語学校でずっと一緒に働いていた同僚が会社を退職したんです。彼女となら一緒にお店をやりたい、と思って声をかけたら本当に来てくれることになって。じゃあ形を変えて彼女に店長をお願いしよう、と。今は彼女とアルバイトさん1名と私とで営業しています。
私ひとりでやるならパンの発酵具合や焼き方も自分で見たり触ったりすればわかるし、フォーの出汁の具合なんかももう感覚でわかっている。でも誰かにお店を任せるなら、そういったことをすべて数字化しないといけないですよね。だからいつ誰が作っても美味しいものが出せるように、レシピや手順を全部マニュアルにしていきました。
ーマニュアルを使って実際にお任せしてみて、いかがでしたか。
作ったマニュアル通りにやってくれているのですごく安心ですね。良い方に恵まれて、ふたりとも教えたことを素直に受け入れてくださるのも有り難くて。教える時に工夫している点として、数字や手順だけではなくなぜそうするのかという理由まで伝えるようにしています。そうするとしっかり頭に入って指示通りに作業してもらえるんです。
ーそういった発想は日本語学校でいろいろな学生さんとコミュニケーションを取っていたトゥイさんならではのような気がします。
そうですね。学校で出会う海外からの留学生さんたちは、日本に来て異文化のなかで初めての習慣を理解するのが難しいことがありますよね。例えばペットボトルを捨てるにしても、ラベルとキャップを外して…とか。ただ外すということを教えるだけじゃ覚えられないので、どうして外さなきゃいけないのかというところまで説明すると、あぁなるほどな、って理解してやってくれるようになるんです。それは仕事でも同じですよね。今まで飲食店で働いたことはないんですけど、自分が働いてきた経験がこういう面で活かされています。
時間をかけた準備と身につけた学びがあったから、オープン直後から落ち着いて営業できた
ーオープンして約1ヶ月ですが、実際に営業を始めてみた感想をぜひお聞きしたいです。
率直な感想としては、たくさん準備をしていて本当によかったです。当初の見込みよりもお客様が来てくださって最初は対応でバタバタしてしまうこともあったんですが、開業前に時間をかけて準備をしてきましたし、起業スクールで学んだことを守ってしっかりやってきたので気持ち的には常に落ち着いて営業できていました。
ーやはり準備期間に積み重ねてきたことが良く働いたんですね。来てくださるお客さんからの反応はどうでしたか。
おいしいと言っていただけるのが嬉しいですね。SNSで情報をシェアしてもらえたり、ずっと気になっていてやっと行けた、という方がいたりしてすごく有り難いです。なかには厳しいご意見も頂いています…(笑)。店長とアルバイトの方にも情報共有して、素直にお客様の意見を受け入れてすぐに改善できることはすぐに改善する!時間がかかることは時間をかけてでも改善するようにしています。
意外だったのは男性のお客様が多いこと。カフェでしかもベトナム料理がメインなので女性が多いかな、と思っていたんですが実際は半分くらいが男性で。最初はバインミーセットはバインミーとサラダ、スープをワンプレートにして出していたんですよ。でも男性客が多いと気付いて、だったらこの量は足りないんじゃないの、って同じ価格でさらに副菜を付けたんです。しっかり食べてもらえるように定食も最近新たに加えて、男性にも満足してもらえるメニュー構成へ早速修正しています。
ー最後に、これからの課題や目標を教えてください。
課題は、ずっと進化していかないといけないことですね。料理の質やサービスを改善していったり、あとは旬に合わせて新しいメニューを作っていったり。さらにそれを全部私主導でやっていくのではなくて、今いる仲間やこれから入ってくるアルバイトさんが業務を覚えて自ら主体的に考えたり提案したりしてもらえるようにすること。今は日々一緒に仕事をして結構うまくいっているので、これからも維持できるようにしていきたいです。
お店としては、何事も丁寧にやっていくことが目標です。当たり前のことなんですけど、忙しくなるとちょっとしたことが欠けてきてしまうので丁寧さを忘れずにやっていくことが大事だと思っています。
MAI CAFE
トラン・スン・トゥイ(Tran Xuan Thuy)ベトナム・ホーチミン出身。MAI CAFE店主。小学4年時に来日。高校卒業時に家族と帰国し、日系企業に勤務。結婚と出産を経て“幼少時代の暮らしや教育環境を考えて、子育ては日本で”と2018年に再来日。日本語学校で勤務しながら2023年2月MAI CAFEを創業。