創業者インタビュー
おだわら・はこねではじめたひとたち
斉藤 華苗Interview12Cafe EVERGREEN
綿密な開業準備の先にあった、想像もしなかった楽しい日々。“自分の考えた料理を提供する”シンプルな夢を叶え続けたい
2021年3月に小田原市本町でオープンした〈Cafe EVERGREEN〉。開業から1年(インタビュー時)、ランチ時には満席になることも多い人気店になりました。このお店をひとりで切り盛りするのが店主の斉藤華苗さん。人を感動させる仕事がしたいと10代で料理の世界に飛び込み、15年以上の経験を経て念願のお店を持ちました。独立後は「とにかく楽しい毎日でした」と笑う斉藤さんですが、リラックスして料理とお店の運営に集中できたのは、開業前の資金計画やメニュー開発など綿密で徹底的な準備があったからだといいます。〈Cafe EVERGREEN〉で味わう料理がなぜ人を惹きつけるのか、その答えは事業と料理に真摯に向き合う姿のなかにありました。
「考え抜いた料理を自分の手でそのまま提供したい」会社員では叶わなかった夢を追い独立を決意
ーまず斉藤さんがどんなお仕事をされているか教えてください。
小田原周辺の食材を中心に使ったカフェを経営しています。ひとりで営業しているので、調理や接客、SNSでの宣伝などもひとりで行っています。仕入れを生産者さんから直接行っているので、生産者さんとの情報交換も大事な業務のひとつです。
ーそもそも料理の道を志したのには何かきっかけがあったのでしょうか。
大学時代に双子の姉から受けた影響が大きかったですね。私は勉強が好きじゃないのに何の目的もなく大学に入ったんですが、姉は美大に入ったんです。姉が常に魂を削りながら作品をつくっているのをそばで目の当たりにして、自分にも生きていく目的のような、人を感動させられるような何かがあるんじゃないか、って思うようになって。それで大学は1年で辞めることにしたんです。何をしようかと考えたときに、とにかく食べることが好きだったので料理に携わって人を喜ばせられる仕事に就けないかなと思って、大学を辞めてすぐ未経験でレストランにアルバイトとして入りました。
ーそうすると10代の頃からずっと飲食業界にいらしたんですね。そこからはどんなご経験を積まれてきたんですか。
ホールから始まって、洗い場、キッチンと入れてもらって2年間はイタリアンやフレンチ、バーなどアルバイトを掛け持ちしていました。でも仕事をしているうちに、知識や技術にしてもお金のことにしても、自分はわかっていないことが多すぎる、って気づいたんです。なにせ子どもがポンと厨房に入っちゃったようなものなので…(笑)。それで料理のことを基礎からしっかり学ぼうとお金を貯めて専門学校に入りました。そこで1年間はフレンチとイタリアンを学んで、2年目はフランスへ留学して。卒業後は軽井沢のオーベルジュ(※)や箱根のホテル、都内のレストランなどに勤めました。コックの仕事の延長でしたが、原価計算やメニューの提案、EC担当、SNS担当…気づいたらひと通り経験していましたね。当時は本当に苦労しましたけど、今となってはすごく報われて全部役に立っています。
※オーベルジュ:郊外や地方にある、宿泊設備を備えたレストラン
そうですね。会社員として料理をしていると、取引上仕入れざるを得なかった食材を必ず添えてとか原価率を下げてとか制約があって、本当に自分の出したい料理というのは出せないことが多くて…それが長年フラストレーションでした。たとえ万人受けはしなかったとしても自分が練りに練った料理を自分の手でそのままお客さまに提供したい、という気持ちがだんだん強くなって独立を決めました。
本当に自分にできるのかな…ってずっと不安で、夢を迷いで隠してたような感じだったんですけど、でもやっぱりすごくやってみたかったんです。
何度もシュミレーションした準備期間があったから、開業してからはいつも平常心でいられた
ー開業準備中には小田原箱根商工会議所の主催する「起業スクール」にも参加されていたと聞きました。
はい、参加しました。自分に何が足りていないのか知りたかったんですよね。勤めていた頃から原価計算とかはしていたんですけど、お金のことを経営的な視点では見られていなかった。損益分岐点の計算の仕方だったり、開業にあたって実際のところいくら必要で、それには借り入れをすべきなのか否か、とかそういう基礎的なことを知ることができて、参加してよかったです。何でも質問できるし、開業後もサポートしてもらえてコミュニティも広がりますしね。
損益分岐点の計算はその後すごく役に立ちました。備品に必要な経費や工事の予算に変更があるたびに修正して、何度もシュミレーションして…常に計算していました。でもそれをやっていたおかげで、オープンしてからはちょっと売上が落ちちゃったとしても平気でいられました。これだけの売上があれば大丈夫、って自分でわかってるから。不安な気持ちがあると接客にも料理にも出てしまうので、土台固めをしておくことは大事だな、って思います。
ーそのほかにはどんなことを準備してこられましたか。
メニューはすごく練りました!お店は絶対にひとりでやろうと決めていたので、自分が出したいと思える料理で、お客さまに魅力を感じてもらえて、そのうえでひとりでお店を回せるメニュー構成で…そのバランスは本当に考え抜きました。だから今あるメニューは寝ずに考えたメニューなんです。
あとはお店って料理だけじゃなく雰囲気も絶対大事だと思ってるんですよ。だからお店を持ったらこういう食器を使いたいとかこういう内装にしたい、ということは料理を始めた頃からずっとインプットしては書き留めていました。
ー綿密に準備をされていたんですね。出店場所も熟考されたポイントだったかと思うんですが、最終的にはご出身地でもある小田原を選ばれています。
そうですね。私も両親も小田原出身なんですけど、特に父はお店に近い浜町の出身で。両親の友人知人のコミュニティが濃いし、私にも小田原に住んでいる友人がいっぱいいて、小田原でお店やろうかと思ってるんだ、って言うと皆さんすごく喜んでくれたんです。そこに理想的な物件も見つかって地元の生産者さんたちともすぐに繋がれて…これはもういろいろスムーズに進みそうだな、って。検討していた場所は他にもあったんですが小田原に決めました。
具体的に進めていくと小田原は想像よりもはるかに食材が豊富で。よく知られているのは湘南ゴールドやキウイ、たまねぎ、梅とかですけど、生産量は少なくても面白い野菜やすごくいい品質の野菜を作っている農家さんがたくさんあったんです。野菜はほとんど地元食材でまかなえているから、それはかなり魅力です。
料理は脇役でいい。お客さまが元気になれるお店であることが自分にとって意味のあること
ー開業されてちょうど1年になりますね。開店当初から人気のお店でとても忙しかったと思いますが、斉藤さんにとってどんな1年でしたか?
とにかく本当に楽しい1年でした!これまでなら出会えなかったような人に出会えたり、生産者さんやお客さまからインスピレーションをもらったり、想像していなかったことがたくさん起きてうれしかったです。辛いことばっかりイメージしてたんですよ、こんなに楽しめるとは思ってなかったです。
休みの日も何かしら食にまつわることをしたり考えたりしていて、本当にこの仕事が好きなんだなと思いますね。好きだからつらくても頑張れました。やりたいことができてそれでお金をいただけるなんて、本当に最高です。
特にもともとしたかった“自分の料理をお客さまに直接提供する”というのを実現できたのはうれしかったです。会社員時代は誰にでも常に安定して同じものを出さないといけなかったけど、今は“この人は少食だから少なめに”とか“この常連さんはこの間も同じのを食べたからちょっとアレンジしよう”みたいなことも自由にできますし。お客さまは気づいていないと思うけど、これはもう自己満足だからいいんです(笑)。
考えてみたら、開業してから悪かったことってほとんどないんですよね。代わりがいないので、お休みしてしまうと売上がゼロになってしまうことくらいかなぁ。
ーその楽しい気持ちはお店の雰囲気や提供されているお料理から伝わってきました。リピーターの多い愛されるお店だと感じますが、ご自身にとっては「Cafe EVERGREEN」はどんな場所だと思いますか。
どんな場所だろう…。私にとってというよりも、お客さまにとって自分の時間を大切にすごせる場所であったらいいな、と思います。料理は脇役でいいんです。日頃子育てや仕事を頑張っている方が、ここに来てひとりで食事してリフレッシュできたりお友達と来て会話を楽しんだり、そんなふうに少しでも元気になれる場所であってほしいですね。それが私自身にとっても意味のあることだと思っています。
➖最後に斉藤さんのこれからの目標を教えてください。
姉がテキスタイルに関わる仕事をしているので、キッチンウェアの共同開発に興味がありますね。たくさん売って利益を上げよう、というよりも、自分たちが楽しめてお客さまがおうちでもEVERGREENの雰囲気を味わえるようなものをつくれたらいいな、って思ってます。
私はお店を大きくするってことはまったく考えてなくて。常に“自分の考えた料理を提供したい”というすごくシンプルなことだけなんです。だからお客さまに変わらずここへ通っていただけるように、自分自身も新鮮な気持ちでこれからも料理を出し続けたいです。
Cafe EVERGREEN
斉藤華苗(さいとう・かなえ)1983年神奈川県小田原市生まれ。Cafe EVERGREEN店主。大学中退後、アルバイトにて料理の道へ。2006年エコール辻・東京 仏・伊料理専攻卒業。2007年辻調グループ フランス校卒業。軽井沢のオーベルジュでの勤務を経て箱根のホテルに入社。7年間勤務し調理部門の全てのポジションを経験、シェフドパルティ(部門シェフ)を務める。その後2社にてキッチン業務と並行してマネジメントや広報業務に携わる。2021年 Cafe EVERGREENを創業。