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創業者インタビュー

おだわら・はこねではじめたひとたち

竹内 絢香Interview06株式会社パンとくらし

小田原駅徒歩40分、1回3万円、でも満員御礼。「パン教室養成講座」を開く竹内絢香さんは、絶望的な移住後どのように自分を活かす仕事をつくったのか


 
greenz.jpでの連載「小田原創業ものがたり」の記事を転載しています。
 
都会でバリバリ働く女性が、夫の転勤を機に余儀なく職を辞し、移住する。転勤に限らず、何らかの都合でそれまで暮らしや仕事を積み重ねてきた地を離れざるを得なくなった、そんな状況を体験したことがある方もいらっしゃるでしょう。
 
これからご紹介する竹内絢香さんも、そのひとり。都内でパン教室を営み、育児と自分の仕事を両立させながら忙しい毎日を送っていましたが、ご主人の転勤を機に、東京都内から神奈川県小田原市へ移住することに。
 
「小田原にパン教室の需要はなさそう…」という不安を胸に、約1年前にこのまちへやってきました。そして今、竹内さんはこう言います。
 
「絶望的だった夫の小田原転勤から人生観が変わった」
 
今回は、小田原市の山間で全国から人が集まる「パン教室養成講座」を開講している竹内さんのインタビューをお届けします。絶望感から一転、大人気パン教室をつくりあげたその過程には、一体何があったのでしょうか?
 
移住や子育てといった人生の酸いも甘いも体験し、それでも自分の仕事をつくり続ける竹内さんの言葉。あなた自身の“生きる場所”と“仕事のかたち”について思い描きながら、ゆっくりと受け取ってみてください。
 
 

 

受講生の“本気”を支援する「パン教室養成講座」

 
まずは竹内さんが小田原のご自宅で開いている「パン教室養成講座」の内容をご紹介しましょう。
 
“パン教室養成“という名前の通り、この講座は自宅でパン教室を開きたい方のためのパン教室です。1ターンを半年とし、1ヶ月に2回、6時間の講座を開講。パンを焼く実技に加え、テキストを使用した座学や、自分の強みをひも解くディスカッションなども行います。
 

全講座を通じて90種類のパンのレシピを受け取り、実習も。さらにパンに合うスープやサラダについても学ぶそう。1回の講座で実技を4時間、後半の時間は座学も行います
 
座学ではビジネススキルの他、プロカメラマンによる写真講座など、パン教室を開くために必要とされるすべてを学ぶことができるそう。カリキュラムには、受講期間内に開業届けを出すことまで盛り込まれているというスパルタな一面も。
 
レッスン料の設定や開業届けの出し方など、座学では、開業に必要なありとあらゆる知識を学びます。受講生は、毎日1回メールで質問もし放題なのだとか
 
特筆すべきは、生徒さんを受け入れる竹内さんの“本気”の姿勢です。受講希望の生徒さんと必ず1時間ほどの電話面接を実施し、「本気で自宅でパン教室をしたいのか?」ということを、とことん話し合うのだとか。本気の人だけが通ってくる教室にしたいという、竹内さんの強い意志が感じられます。
 
自宅での創業を前提ゆえに、オーブンも家庭用で、アンペア数を変えずに設置。どれだけの設備と環境を用意すれば良いか、竹内さんのご自宅を見てもらうことでわかるようになっています
 
受講料は356,400円(税込み)(全12回)。1回約3万円という金額はパン教室としてはありえない高額とのことですが、竹内さんの教室は毎回満席に。東は仙台、西は神戸から、熱心な生徒さんたちが通ってくるそうです。
 
1期につき定員は7名。これまで3期で20人の生徒さんが受講しましたが、そのうち17名が実際に創業に至るという実績を残しています。
 
 

東京から小田原、絶望的な移住から

 
都内から小田原への、止む終えない移住。そのとき、竹内さんはなぜ通常のパン教室ではなく、「パン教室養成講座」を開講しようと考えたのでしょうか?
 

 

「東京にはパン教室の需要がありましたが、小田原の市場調査をしてみたところ、あまりなさそうで。環境は良いから子育てには最高だと移住することにしたものの、パン教室を続けるのは厳しそう。実は絶望的な気持ちで移住したんです。」

 
しかし、実際移住してみると、さまざまな可能性が見えてきたと言います。
 

「小田原は新幹線が止まるのでアクセスが抜群にいい。移住はしたけど、職場を変えずに済むことが魅力的でした。今も青山のスタジオを借りて普通のパン教室も続けています。」

 
これまでと変わらず仕事ができるというメリットを受け入れつつも、小田原というまちにふと落ち着いた時、新たな気持ちも生まれたと、竹内さんは語ります。
 

「東京で暮らしていた時は本当に忙しくて。1ヶ月25日毎日働いているような状態でした。そうしなければいけないと思っていた自分がいたんです。
 
でも小田原に来たことで、諸々のことを断る口実ができたんです。『小田原だから』って(笑)移住を機に、『働きながらも自分の生活の質を落としたくない』『子どもとの時間も大切にしたい』と思うようになりました。」

 
そこで竹内さんは、東京の仕事を減らし、小田原で自分にしかできないことをやろうと考えました。そんな時思い出したのが、東京のパン教室での光景。
 

「10人に1人くらい、パン教室の先生が生徒さんとして来ることがありました。『どうしたら人気の教室になれるのか』と相談を受けて。
じゃあ、本気でパンを生業にしたい人を支援して、さらにうまくいかない人たちをコンサルするような限定の教室をしたらどうだろう、と思い立ったんです。」

 

 
小田原では普通のパン教室の需要は見込めないとわかった上で、あえてハードルをあげた教室を開くことを思いついた竹内さん。そこには、もう一つ、移住を逆手にとった発想があったと言います。
 

「この自宅はアクセスがよくないんです。小田原駅から少し距離があるし、バスも1時間に数本。
 
でも、逆転の発想で、例えばアクセスの悪いような田舎でもこうやってパン教室ができるんだよっていうモデルケースになるかな、と思って。だからまずは、自分が自宅でやってみようと思ったんです。」

 
自ら地方で創業することで、地域にとらわれず、自宅でパン教室を開く人のモデルケースとなっていこう。竹内さんは、こんな決意を胸に「パン教室養成講座」をスタートさせたのです。
 

小田原には、見えない営業マンがいる

 
移住後、パン教室を立ち上げて約1年。小田原の人々とのつながりから自治体や企業とのやりとりも増え、今年2月には株式会社「パンとくらし」を立ち上げるに至りました。このスピードにはご本人もびっくりだったそう。
 
そんな現状を「ビジネスが勝手に広がっていった」と竹内さんは表現します。そこにはいったい何があったのでしょうか。この問いに対して、「ちょうど良い人との距離感と、おせっかいすぎない人脈」だと竹内さんは言います。
 

「小田原に来て一番びっくりしたのは『人脈がすごい』ってことです。小田原は首都圏に近いのに人口が少ない。なので『小田原でパンといえば、AさんとBさんと竹内さん』みたいに、すぐに名前があがるようになったんです。都会ではその他大勢に埋もれがちなんですけど。」

 
埋もれないように、がむしゃらに働く。その他大勢が多い都会の中で、竹内さんは漠然とプレッシャーを感じていたと言います。でも、ここではそうではなく、自分が志していることを少しまちの人に話してみると、仕事が舞い込んでくるそう。
 
「まるで見えない営業マンが勝手に自分の仕事を支えてくれるかのよう」と、竹内さんは笑います。
 

 

「移住して、初めて友達になった人が、リアカーでパンを販売している人でした。息子を連れて行った見晴らしのいい公園で、オシャレなおじさんがパンを売ってたんです。
 
そこで自分もパン教室を都内でやっていたことを伝えました。すると、彼が出ているいろんなイベントに、誘ってくれたんです。そこから次の仕事が生まれて、気づいたら、市役所でご当地パンのプレゼンをしてた、みたいな(笑) おもしろいですよね。」

 
何気ない出会いからはじまり、これまでに生み出されてきた仕事を振り返り、改めて小田原というまちのコミュニティ力を実感している様子の竹内さん。実際、小田原のご当地バーガー開発や新設する産院での出店など、このまちでの仕事はどれも口コミで舞い込んできたものばかりだと言います。
 

小田原のかますをつかったご当地バーガーのお披露目を小田原市長と共に。ま ちとつながる仕事が広がっています
 

「私は割とぼーっとしてるんですけど。なにか新しい企画があると、まわりの人が「じゃあこの人はどう?」って勝手に紹介してくれる。不思議なまちなんです、小田原って(笑)」

 
コミュニティが狭いゆえに広まる。それは仕事だけではないと竹内さんは続けます。
 

「実は、下の子が保育園に入ることができなかった時、ある女性が、私と生徒さんの子どもたちのために託児体制をつくってくれたんです。小田原には新幹線通勤しているママも多いのでそのネットワークもつなげてくれて。

保育士免許を持っているけど活かせていない地域のママにも保育に入ってもらっていて、みんなが“WIN−WIN”になれるような関係性ができています。

仕事でも暮らしでも、まちとのつながりがいろんなところから派生していて、必要な時に必要な手が伸びてくる。その距離感がちょうどいいんです。」

 
パンという切り口から、仕事だけではなく、暮らしにおいてもまちとのつながりが生まれてきたという竹内さんのお話からは、地域でコミュニティとつながりながら自分の生き方をつくっていくためのヒントを感じ取ることができます。
 
 

”都会か地方か“ではない。自分を活かせる場所で仕事をつくる

 
自分自身が地方創業のモデルとなり、また、さまざまな人の創業に寄り添いながら、自分の仕事を広げている竹内さん。仕事と暮らし、そしてまちがつながった今をどう感じているのでしょうか。
 

小田原市郊外の静かな住宅街。ここでこその創業モデルが生まれていました
 

「移住する前は、自分の暮らしや仕事が小さな小さな輪っかの中で完結していたんです。でも今は、小田原というまちのいろんなところでその輪っかが重なったり、派生したりして、ちょうどいいコミュニティの中で仕事も育児も暮らしも成り立っているイメージなんです。
 
自分だけで完結しない、自分の仕事をつくっていける。このまちだからできたんだと思います。」

 
竹内さんのように、突然訪れた転機をチャンスに変えることは、簡単なことではないでしょう。でも同じ体験をした人にとって、竹内さんの言葉や行動は、勇気になるはず。
 

実は私、産後うつになったことがありました。そんなお母さんたちを助けたいという想いも、この講座を開く根底にはあります。
 
自分にあったまちで自分のやりたいことをしたい。そう願う人に寄り添う「パン教室養成講座」でありたいと思います。

 
竹内さんの視点は、常に自分と同じ境遇を経験した人たちの未来へと向かっています。
 

 
最後に小田原のこと、創業のことが気になった読者のみなさんへ、竹内さんからいただいたメッセージを贈ります。
 

「自分の中でアイデアが浮かんだ時に近くの誰かに、「こんなのやりたい」「こういう場所ないですか?」なんて聞いてみると、回り回って勝手に連絡がくるような、小田原はそんなまちなんですよね。
 
まずは、自分の気になるまちで夢を語ってみる、まちとつながってみる、そこからかな、と思います。」

 
自分がどんな場所で、どんな生き方をしていきたいのか。忙しい毎日の中で埋もれてしまいそうでも、ふと足を止めてみることで、見えてくる新しい夢や働き方があるのかもしれません。竹内さんの場合、その“足を止める”きっかけが、「絶望的」とさえ感じた移住でした。
 
転機が訪れたときこそ、チャンス。
それは決してあなただけじゃないことを胸に、一歩を踏み出してみませんか?
そんな小さな勇気から、あなたの“創業ものがたり”は動き出すことでしょう。
 

 
(Text: たけいしちえ / Photos: Photo Office Wacca: Kouki Otsuka)
※この記事はgreenz.jpに2017年3月13日に掲載されたものを転載しています。

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