創業者インタビュー
おだわら・はこねではじめたひとたち
前島 真弓Interview03株式会社エリアコンシェル
海外ゲスト受け入れからイベント運営まで。“地域のよろず承り係”が小田原で手に入れた仕事のかたち
前島真弓さんが起業したのは、大きな組織では出来ないことをしたかったから。独立前からホテルや旅館の支援など観光業に携わってきた前島さんは、大手企業に所属しながらお客様の深いニーズに応えきれないジレンマを感じていました。活動の舞台は同じでも、独立して小回りの利く立場に身を置いてみると、数字よりも自分の本当にしたいこととに取り組めるようになった、と話します。
お話のなかで印象的だったのは、がむしゃらに、貪欲に、という力強い言葉。温度のある彼女の言葉からは、これまでの確かな努力とお客様へのまごころが感じられました。
地域の困りごとを解決する仕事
―まず、現在どういう仕事をしているか教えてください。
湯河原を中心に、観光事業とインバウンド(訪日外国人旅行)事業を行っています。主に海外からのゲストの受け入れや、おもてなしのためのサービスの英語化、多言語化などのお手伝いをしています。具体的には、外国人観光客向けの地図や冊子、webページの作成などが中心ですね。ゆくゆくはアウトバウンド、地方の商材を海外へ輸出することも行っていきたいと思っています。
―社名でもある「エリアコンシェル」とはどういう意味でしょうか?
「エリアコンシェル」は“地域のよろず承り係”でありたい、という意味で付けました。問題はあるけれどどうしたらいいかわからない、誰かがやってくれないかな? と思ったときに、最初に相談できる窓口でありたいと思っているんです。今は自分でも何屋なのかわからないほど、イベント運営からダイレクトメールの制作まで、相談いただいたことは基本的には断らずに請けるようにしています。そうすることで、現場では何に困っていて何が課題となっているのかを理解できるんです。解決案をノウハウとしてためていくことで、他の地域にも横展開できればいいなと思っています。
―そうするとお客さま側も、ずっと前島さんにいてもらわなきゃ困る、 というよりは、良い意味で前島さんから卒業できたり、自分たちだけで町が活性化できるような仕組みができていきますね。
そうです、そうです。前職では観光業の営業を支援する仕事をしていて、そこではいわゆる『課題解決型営業』をしていました。お客様の困っていることがこちらからの提案で解決した、というやりとりにすごくやりがいを感じていたんですが、一方では、だんだんと自社の商品やサービスだけではどうしても解決できないようなことがでてきました。もっと自由に、お客様が本当に困っていることの解決のお手伝いをしたい、という思いが強くなって起業したんです。
会社を辞めて手に入れた自由

—起業してよかったことを教えてください。
会社の枠を飛び出したことで、できることがすごく広がりました。起業前は、勤めていたその会社でないとできないことをやろうとしていたんですが、今はなるべく大企業ではできないことを選ぶようにしています。何をするにも、どんな選択をするにも自由。会社員時代は、目標予算を達成することが優先事項だったので、まずは先に数字をつくってから、地域のイベントのお手伝いなど、数字には直結しないお客様への時間をつくり出していました。ただ今は、純粋に自分の好きなこと、お客様が困っていること、力になりたいことに時間やエネルギーをかけられるようになりました。
—時には数字を一旦置いておいて、投資することもできるんですね。
でも、みなさんやさしいので、そんな風にお手伝いのつもりで始めても、気づいたらそれに予算をつけてくれたり金額を提示してくれたりもするんですよ。やりたいからやっていたのに結果的には仕事になっている、ということも最近は多くなってきました。だから、私自身は自分の仕事に対して値付けから始めません。お客様が提示してくれた金額が自分の仕事の価値と認識しているので、納得がいかない金額であれば自分の努力が足りないのかもしれないですし、逆に思ったよりも評価が大きいこともあります。それが続くかどうかはわからないですが、今はそれでいいと思っています。
—単なるビジネスとして捉えていたら、前島さんのような働き方は難しいように感じます。
そうかもしれないですね。仕事ってなんだろう、って思うんです。私のような営業の仕事は、何か成果物を制作するような仕事ではなくて人との関わりがずっと続いていくものなので、そこに対してはオン、オフの切り替えが付けられない。私は自分のために時間を使うことにはあまり興味がなくて、それならその時間を使って誰かが楽になったり前向きになったほうが、私自身が楽しいんです。結局それが仕事になっているから、仕事がない人生ってたぶんない。私にとって、楽しいことが仕事なんです。
やりたいことを仲間と実現できるまち

―事業を行うにあたって、小田原はどういったまちですか?
もともとは、IT系の技術者やデザイナーが多く集まっているイメージのあった、鎌倉で起業するつもりだったんです。ですが実際に動き出してみると、小田原にもスキルや知識、パッションのあるすごい人たちがいて、私のやりたいことや請けた仕事を一緒にかたちにしてくれるメンバーが揃っていました。会社員時代、業務にあたるメンバーが全ての案件で固定されてしまうと、それぞれのお客様にしてあげられることが制限されてしまう感じがして、それがストレスでした。独立後は案件やお客様の要望に合わせて毎回ベストなメンバーと一緒にやりたいと考えていたんですが、それが実現する環境が小田原にはありました。
―そうすると、もし優秀なフリーランスの方が近辺のエリアに来たらつながりたいと思いますか?
そうですね。私自身、一度お会いした方とは何かしら一緒に仕事したいと考えていて、その方の得意なことや何をしたいのかを伺って頭にとどめておくようにしています。後日、何か関連する仕事の話があったときにはその方にお願いしたり、紹介したり。自分ひとりでやるよりもみんなでするほうが大きなことができそうですし、何かひとつのことに対して、楽しそうだよね、一緒にやろう、と思える仲間が小田原に増えてきて、おもしろいですね。
―そういう人がたくさん増えてくると、パートナーだった人から逆に仕事がきたりと、逆転していくいかもしれないですね。ところで、小田原で起業して、これまでどんな人に助けてもらいましたか?
年齢の近い経営者仲間にはすごく助けられていますね。会社員時代の同僚や知人と話していても解決しないようなことが、同じ道を半年、一年前に通ってきている先輩方なので、話を聞いてくれて、経験談を話してくれることで、すごく励まされたり、苦しいのが自分だけじゃないんだ、ということに気付かされて救われることが多くあります。また、同じ商工会の、年齢の離れた経営者の方にもとてもよくしてもらっています。相談に乗ってくれたり、「やりたいことがある」と話すと手伝ってくれたり、みなさん非常に温かく迎えてくれますね。
あとはコワーキングスペースに属しているので、帰って来られる場所があるのがいいですね。イベントがあって一緒に飲んだり、他愛もない会話をしたり、誕生日にお祝いをしたり、ほっとします。‟緩い共同体”という感じで、ひとりだけどひとりじゃない感じが精神的にとても助けられています。
小田原で創業する人へ
―小田原で創業もいいな、と考えている人へ一言お願いします。
小田原は今、若い方も含めて良い人材が揃っています。それに先輩経営者のみなさんも心が広くて、話を聞いてくれる良い環境です。ただ、どこでやるかよりも、何のためにやるかが大切だと思います。小田原で起業する、は目的ではなく、あくまで手段。まずは自分としっかり向き合って、自分が何のために起業するのか、それは会社員としてではできないのか、ということを考え抜くことが必要です。考えてみたうえで、選ぶべき場所はもしかしたら小田原ではないかもしれない。小田原を選んだから小田原で仕事ができるというわけでもなくて、選んで、決めたうえでがむしゃらに、貪欲に、時には苦しみながら取り組むからこそ周りの人たちも力になってくれるんではないでしょうか。そして、結果として小田原に縁ができるかもしれません。とことんがんばった先には、助けてくれる環境が小田原にはあります。
子どもたちのために小田原で未来の選択肢を増やしたい

―最後に、今後の目標を教えてください。
今の小学生や中学生の若い世代が大きくなったときに、「小田原ってなんか楽しいよね」、とか、「ワクワクする仕事がいっぱいあるよね」、と思えるような環境をつくりたいと思っています。そのために、多種多様な人たちと一緒に職業の選択肢を増やしていきたい。私がいただいたお仕事をいろんな仲間と協業していけば、新しい仕事が生まれてきっと選択肢が増えていく。楽しい世界を子どもたちに見せてあげたいですよね。今は時代が大きく変わっていく過渡期です。社会や仕事、働き方を変えていく、若い世代が上がれるステージをコツコツとみんなでつくる10年にしたいんです。10年後、若い人たちが小田原でいろいろな仕事をしたり、イノベーションを起こしたり、株式上場したり……。そういう子たちが出てきて初めて、私がんばったな、って思えるんじゃないかな。そういう会社でありたいな、と思っています。
株式会社エリアコンシェル
前島真弓(まえじま・まゆみ) 株式会社エリアコンシェル 代表取締役。小田原出身。IT企業にてSEを経て、2009年より、リクルートじゃらんにて湯河原温泉エリアを担当。旅館や行政のプロモーション企画・提案などを行う。第1期第三創業塾を卒業後、株式会社エリアコンシェルを小田原で立ち上げる。ニッポンの観光に足りないのは伝え方というコンセプトを基に、企画・情報発信事業を主に行う。現在は旅館や行政に対して、インバウンド観光に対する受け入れサポート(環境整備・地図作成)、体験型地域交流サイト「Entaro」の運営、神奈川県の文化芸術サイト「マグカル」のエグゼクティブディレクターとしても運営に関わる。ふるさとグローバルプロデューサー、フードツーリズムマイスター。